僕の足跡

日記みたいなものであり、挑戦したいことを綴るツールです。

自分のことについて 社会人 1

 

就職はほんまに行きたいとこあったからそこに行った。インターンシップもアルバイトもそこにして。正社員として働き出して僅か半年足らずで辞めた。

約12時間拘束、30 分休憩、週6出勤。社員になる前からわかってたし、普通に働く分には割と大丈夫やった。ただ、沼にはまったときに切り替えが全くできず、週1で苦手な方と二人のみで仕事。月1で良くも悪くも休日に食事会。いつからかわからんけど、適応障害になった。(適応障害は鬱の一歩手前のような状態)

適応障害の経緯としては店長の方に病院を勧められたから。これに対してはそんなんおかしいって相談した方に言われたけど、特に気にしてない。

 

病院に行って適応障害発達障害の診断受けたときはホッとしたし、不謹慎ながら何かあってほしいって思ってた。

勧められたときに、「何かあれば考えんとあかんし、窯とか仕込みとか新しい仕事はさせられん」って言われたけど、それよりも「何もなければ怠けとるってことやからこれまで以上に厳しくする」って言われた。これ以上は持たんって思ったから。もし何もなければ何か出してって言うしかないって思ってたぐらい。怖かった。

 

診断出てから1ヶ月程休職させてもらった。その間は何をしたか具体的に思い出せん。結局仕事辞めることにしたけど、給料手渡しやったから行かんとあかんかった。そのときの僕はまだ顔合わせたくなかった。1人を除いて皆さん以前と変わらず接してくださった。

ちなみにその1人は苦手な方で、最後挨拶したときも特に声かけられることもなく、去るもの後追わずって感じ。

 

そこから約半年後、気持ちが落ち着いてきて、何かせんとなって思ってドラッグストアのバイト始めた。販売楽しかったからやってみようって感じで。仕事自体は楽しかった。けど、人間関係で躓いた。そこでも診断は受けてないけど適応障害になった。そこでは最終的に乗り越えることができたけど。従業員の入れ替わりが激しくて店長も例外じゃなかった。僕が働いてた内、3回変わってるけど、3回目が辞めようと決意した人やった。

お客様よりも従業員よりも利益を優先する方で合わんなって思ったから辞めた。収入は途絶えたけど、正解やったと今でも思っている。

 

 

ちなみに退職したパン屋、普通にファンやったから、退職してからもたまに買いに行った。最初の頃は動悸したり途中で行くのやめたりした。ふと気がついたときに大丈夫になってたけど。退職してから約1年半。

現在でもたまに行く。ほんまに美味しい。